平成21年3月30日の今日、道民5周年になりました。
2年前の道民3年の時も綴りましたが、全く同文ではないので長文ですが、お付き合い下さい。
平成16年の3月30日、ファイターズを追い掛けて、私は道民としてスタートしました。
生まれ育ちは大阪の東大阪で『河内』と呼ばれる場所です。生まれて物心ついた時からセ・リーグの地元球団のファンでした。
31歳の時、仕事の関係で東京に住む事になり、神宮球場や横浜スタジアムにも応援に行ってました。しかし、当時住んでいた場所から一番近い『東京ドーム』には伝統の一戦と言われ、人気チーム同士の試合という事でチケットがなかなか取れず行けない(泣)
どうしても東京ドームに行きたくて…そこで…
ファイターズも本拠地にしているんだから
『ファイターズを観に行こう』
『パ・リーグでも観てやろう』(笑)
と安易な気持ちで観に行きました。
そしたら試合前にもかかわらず、
『選手とのサイン会』や
『選手との写真撮影』をやっていて、
【この球団のファンサービスは何なんだ!!!?】
って思いましたね〜☆
これが自分の大阪時代から好きだった球団でやったら『選手にケガ人が出来るぞ!』って思いました。
それからドンドンとのめり込み
『ファイターズが北海道に行く』
って言うから、
『俺も行く〜☆』
って決めました。
平成16年の3月30日。ファイターズの移転元年『北海道日本ハムファイターズ』となった年です。
慣れない大地で目新しいものばかりでした。
二重窓、
冬タイヤ、
冬ワイパー、
暖房の点けっぱなし…
又、方言の
『なまら』
『したっけ』
『めんこい』
『…しょ』
『のっけから』
『ばくる』
『ザンギ(笑)』
方言がよく出る早口の方の話を聞いてると、方言の意味を思い出してるうちに次々と話が進んでいき、意味がわからずまるで外国のようでした。
引っ越し荷物が到着したのは3日後の4月1日。
引っ越し荷物が着いて寝る場所しか作ってないままの翌日には、すでに東京でチケットを買ったファイターズの札幌ドーム開幕。
場所も方角すらもわからず、人に尋ねながら札幌ドームに行きました。
月寒を通っても『げっかん』と読んでました(汗)
それまで住んでいた本州では体験した事のない雪(当時の自分では吹雪)のなかで野球観戦する驚きの中、金村投手が西武打線を沈黙させ、打線が今じゃあメジャーの松坂大輔投手を打ち崩し、勝利を収めました。
そして、生まれて初めて過ごす梅雨のない過ごしやすい6月、大地を楽しみました。
そしてそして、これまた生まれて初めて過ごす『クーラーのない夏』これには参った。引っ越してきた時、『クーラーはいらないの?』と散々地元の人に聞いたが『いらない。贅沢品。2.3日、我慢すればいいから…』との事だった。
しかし、しかし、その年は猛暑で暑かった〜(泣)夜中に枕を持ってオアシス探しに各部屋に…でも、どの部屋も暑かった。取り付けようとしてもクーラーは工事が間に合わない。冷風機や扇風機は売り切れ続出。やっとTV通販で冷風機を買うものの在庫切れで到着が遅れる始末。そして到着すると、その日から暑さが『すぅーっ』と引きました…。冷風機は翌年まで新品でした(笑)北の大地、北海道にて産まれて初めて夏バテを体験しました。仕事はというと、本州に住んでいた頃は色々な仕事をしましたが最終学歴の中学卒業から板前の仕事が多く、でも、北海道の好みの味もわからず、雇用されて時間に拘束されては『札幌ドームに応援に行けない…』とトラックに乗れば時間の融通も効くだろうと『ハローワーク』に行ったり『求人情報』を見たりしましたが、北海道は賃金が安い!
例えで言うと、大阪・東京の高校生のバイトの時給が北海道では社会人の時給。『この街は人に雇われるより、自分で何かをしなければならない。』
って思いました。
で…何の店をすればいいのか?
昼間は小樽に毎日、釣りに行って本州では釣れない『ホッケ』を釣って喜んでました。夜は『ススキノ』を毎日、碁盤の目のように『飲み食い』もせず、毎日歩き回りましたね〜。
もちろんドームの時はドーム優先ですよ(笑)
で…見つけたのが阪神タイガースを応援する店。(結構入り浸りました)
それもススキノだけでなく、札幌市内に計4軒も見つけました…(驚)
で…ファイターズの応援する店が見つからない。『これだ!』って思いましたね〜。
いずれ絶対、ファイターズは道民に根付く。その根付く過程を自分も一役かって出たい。そう思い『ファイターズを応援する店をしよう』と決断しました。
しかし、正直に言います、当時の自分はパ・リーグはこっちセ・リーグはこっちで両方が好きだった為、阪神ファンの友達からは相当、反対されました。
しかし、決断は固かった(笑)
それからはと言うと、全試合を放映する為、CS放送のアンテナがあげれる場所で、メガホン、太鼓が叩ける店舗。で、あって店内にスクリーンが設置出来るところ…と散々探した結果、初代B☆スタのHBNビルというすすきののはずれになってしまいました(笑)。
結果、
シーズン終盤のH16/9/15にオープンする運びとなりました。
本州暮らしが長い事もあり、大阪、東京、名古屋、福岡の人、又、札幌で知り合った方々から、たくさんのお祝い、店に入りきれない位の花を頂き、祝って頂きました。
そして、『翌年から交流戦がある』という事でどっちのファンの方にも失礼になるので、『一つに絞らなければ…』と…。
もう、その時点では断然ファイターズファンだったので、店を存続。家の中の『黄色いグッズ』も一切、無くしました。
B☆Bスタジアムのオープン当初は試合前や終了後に札幌ドーム付近で店のチラシ配りをし、宣伝していたのですが、撒いたチラシは無数に路上に捨てられ、泣き泣き拾い集め掃除をし、店にはお客さんが来なくて『閑古鳥状態』。なんとか店の存在を認知して貰わなければと、新聞や雑誌にありとあらゆる宣伝広告を出しました。しかしながらポツポツしか来店していだけない…。でも、そのなかでも、少しずつ常連さんが出来てきました。それからと言うもののたくさんの人々に支えられ今の自分やB☆スタがあります。
皆様の面倒をみてくれる顧問。写真を撮ってくれる人、ホームページを作ってくれている管理人さん、自分を取り巻いてくれている諸先輩の方々、たくさんのお客さま、友達、B☆スタのスタッフに支えられて感謝しています。
かけがえのないたくさんの大切な人との『出会い』がありました。
しかし正直言いますと、実は平成18年6月に初代の店舗であるHBNビルは経済的に存続出来ない状態となり『閉店』しなければならなかったんです。
しかし、今の『野口ビル』の社長と人の縁で出会わせて頂き、ひらって頂いたのです。
オープン3年目の年頭に『新たに決めた』事があります。
普段、『お客さまやマスコミ』の人に『ファイターズを全道に広めたい』と口走ってましたが、その時から5年以内に、
旭川
帯広
函館
釧路
にB☆スタを創ろうと『決断』しました。
決断から現在2年が経過。後3年てす。
しかしB☆Bスタジアムじゃなくてもいいんです。
その街その街にファイターズファンが集まる店が出来れば…。
旭川には【ウィニングゾーン212】があります。
帯広には【グローブ】があります。
函館にもあると聞いてます。
後は釧路ですね〜。
すでにファイターズファンの集まる店がある土地にはB☆Bスタジアムは作りません。
東京池袋にはBtoBダイニングがあります。
大阪や名古屋の人から『作ってくれ』って聞きますが…無理です(笑)
札幌西区琴似に『作ってくれ』って聞きますが…無理です(笑)
5年が経過し、明日から6年目に入りますが、正直、同じ思考で5年間続けていると
【賛同頂ける方と頂けない方】
極論いうと
【ファンの方とアンチの方】
もっと極論を言いますと
【味方と敵】
が出来てきます。
そんなすべての思い出も抱いて又、これからも新しい良い歴史づくり、お客さまとの絆づくりをしていきます。
新たな目標、夢を創造していきます。
是非、見・守っていて下さい。
長々と書き込みしましたが読んで頂いた方、ありがとうございます。
又、長文乱文すいませんでした。
すべては己にあり。
すべてに感謝。